実りの秋別れの秋
稲刈りと合鴨の解体
やっぱり今日も晴天。安曇野ではほとんどの稲が刈り取られており、どうやら岳っ子ファームがオオトリのようです。まず今年の作況をみんなで畦から観察です。今年は少々ヒエが混ざっていますが、籾はふっくらと膨らんでしっかりと実っているようです。昆虫観察をした手除草区は、分げつが足りなくて雑草に負け気味でしたが、合鴨区はしっかりとヨシのような株になりました。やはり合鴨の力は絶大だと感じました。後のアンケートで、「合鴨が稲を守ってくれた」という小学生の感想がありました。私は、合鴨と一緒に稲を育てているイメージでいましたが、考えてみれば、合鴨はそこに住んでいて、日々終日、稲と触れ合っている共生関係なんですね。稲を植えてから刈る間を合鴨に任せているという人間の目線は、高飛車だったんだと気づかされました。小学生は、自分は時々しか来られないけれど、その間は稲を守ってくれよと、同志に頼んでいたのかもしれません。


作業は毎年のように、誰が指揮をするということも無く、稲刈り隊、結束隊、はぜ掛け隊に自然に分かれてわいわいと進んでゆきました。いつの間にか、はぜかけが終了して記念撮影です。
労働の後、みんなで一休みと思ったら、お母さん達は前回播いた白菜や、大根、かぶの間引き作業に夢中です。この間引き菜は、都会では、なかなかお目にかかれないレア商品。この辺りだと直売所には並ぶのですが、結構出荷する時の手間が大変で、やはり品薄です。今夜は、見岳町のあちらこちらから、同じ味噌汁の香りが漂うことでしょう。

午後となり、いよいよ合鴨とお別れの時が来ました。講師は津村孝夫先生です。農文協からはいつものN川さんとA澤さんが取材とお手伝いに合流です。先ず屠殺の実習をはじめます。出席したのはお父さん2人、お母さん2人、中学生3人、小学生1人。

津村先生が合鴨のオス1羽を持ち、段取りを説明し始めました、と思ったら、もう包丁は2本の頚動脈を切断しており、放血が始まっています。心の準備とか、儀式的な段取りを踏むより、目の前の現実を受止めて貰う事で精一杯な方が、「しこりが残らないのでは」という津村先生の配慮です。やがて合鴨が最後の生命力をみせて絶命していきますが、このときは一同言葉が出ず、目を反らさずに見届けようと懸命の様子でした。
希望者に実践してもらうことにして、中学生とお父さんが挑戦します。先生に持ち方を教わり、速やかに済ませることを念頭に置きながら、覚悟を決めている形相です。見ている人たちも、それぞれの思いを込めて、二人の仕事を見守ります。キャンプの夜の討論会から、この場の参加までには、いろいろな思いがあったに違いありません。小学生は順番を待つ合鴨のそばで涙をこぼしていました。




農文協のお二人も挑戦するといい、先ほどの中学生に教わりながら、次々と放血してゆきます。農文協は農林漁業の現場の空気などを文字にして出版するというお仕事柄。さすが本事業の主体団体です。N川さんの体験レポートはこちらです http://edufarm.jp/wp2009/?p=699
全部で9羽の合鴨を屠殺してから、ここから参加する親子も増えて、今度は解体作業です。先ず沸騰したお湯にキッチリ1分間浸けます。合鴨は水鳥なので、なかなか湯熱が浸透しないのですが、浸けすぎは表皮を傷めます。水で冷やした後、羽抜き作業ですが、この人数だと速い速い。大人も子供も1羽を取り囲んであっというまに丸裸となります。続いて解体作業に移ります。津村先生のあざやかな手さばきに一同見とれていると、いつの間にか見慣れた精肉へと解体されました。こうなれば、子供たちにはあの可愛い合鴨のイメージは無くなる様子。内臓や肉を手で触って見たりとか、つぼ抜きした腹部に手を入れてみたりとか、切り落とされた頭部を観察したりとか好奇心の任せるままに遊ぶのです。
屠殺に挑戦した中学生とお父さんは解体も挑戦です。ここでも、いかにしても、キレイな精肉にすることに集中している様子。優れた技術でさばかれた合鴨は、無駄にされることなく、人の食欲をそそり、食されるのです。

命をいただくという食育の基本を学ぶ教材として、岳っ子ファームの合鴨は責任重大な一生を送りました。もちろんこれは人間の勝手な解釈であって、彼らに、感謝を申し上げるしか気持ちの落とし所が見つかりません。岳っ子ファームの皆さんが感謝する気持ちを共有できれば、合鴨たちの命は私達へ受け継がれたといえるでしょう。食糧の物質的な自給論も深刻ですが、身近な命の循環について考え直した時に、問題解消の糸口が見えてくるかもしれません。
最近、若手シェフの中にも地元の食材を積極的に利用しようとする動きがあり、バジルクラブが地元有名店のシェフ3人の料理教室を開きました。http://www.basilclub.com/?p=224 岳っ子ファームのお母さんも招待して、この日に解体した合鴨も食材にあがりました。その中で、お母さんの一人が、「息子が解体した合鴨を、私が調理しました。あらためて、命は循環していることを知りました。」という内容のご挨拶をいただきました。「食糧自給には、農産物の飼料や肥料まで自給しなければ意味が無い」という行政専門家の意見もいただきました。マクロビオティックの講師は「心身の健康のためにも、食の自給のためにも、食肉は避けるべき」と主張されました。私自身は、歳のためか、それとも合鴨の屠殺を繰り返しているためか、食肉欲が少しずつ減少しており、玄米や野菜を美味しく感じています。ときどきは美味しい肉が食べたくなりますが・・・

餅つきと感謝祭は11月29日(日)です。








